【志賀直哉旧居】高畑サロンに潜入!高畑町に入った途端に空気が一変!?

こんにちは!
今回は、かねてから私がめちゃくちゃ好きな町をご紹介しようと思います。

 

今回訪れたのは、奈良県奈良市高畑町の「志賀直哉旧居」です。

 

奈良の中心部からのアクセスはよく、奈良の中では比較的都会といってもいいエリアなのですが、高畑町は入った途端に都会の喧騒がふっと遠のき、静けさに包まれるような雰囲気の、のどかな町なのです。

 

 




志賀直哉旧居を訪れてみた!内部の様子を詳しくご紹介!

 

志賀直哉さんは、京都山科から奈良に移り住む際に高畑町という土地を選び、そこに13年間住みました。

 

そんな世界に名だたる文豪志賀直哉さんが13年間を過ごした自宅を、大公開いたします!

 

今回のルート

 

今回のルートは、以下の通りです。

 

今回のルート

 

志賀直哉さんの旧居を見学した後、すぐ横の「下の禰宜道(ささやきの小径)」を通ってみました。そのことは後日、別の記事にしようと思います。

 

もっと春日大社を見学したり、高畑町を歩いたりしようかと思いましたが、今日はめちゃくちゃ寒すぎてすぐ帰りました(・∀・)

一日中気温がマイナスでしたので手が凍りそうでした。

池が軒並み凍っていた

 

 

志賀直哉旧居に入ってみた!

 

それでは、志賀直哉旧邸に向かいます!

 

 

歩いて向かうところは省略しまして、早速「志賀直哉旧邸」に到着しました。

 

 

着いたら早速志賀直哉さんの旧邸に入ってみました。志賀直哉旧邸の周りには立派な建物?やカフェなどがたくさんあって、しかしうるさい賑わいなどは一切なく静かな雰囲気でした。

 

順路① 受付〜2階の客間

 

こちらが入り口の門。

 

右に置いてある自転車は私のです(笑)

一旦ここに止めてからちょっと近くのトイレに行っていました

 

志賀直哉旧邸は、有形文化財に登録されています。

 

入り口には、ちゃんとアルコールがありました。左手に受付があります。

 

入場料金は以下の通りです。

 

 

 

大人:350円

中学生:200円

小学生:100円

 

 

 

 

立派な門

 

アルコール容器が空間の調和を乱す

 

左に曲がると受付

 

受付を終えると、階段を登って客間へ。受付の方に撮影してネットにあげる許可を取ったら、上に問い合わせてくださってOKが出ました。

 

素晴らしい風情

 

 

この奥の客間から見える景色が本当に素晴らしいなあと思ってみていたら、受付の方が見える山の説明などをわざわざしに来てくださいました!客間の窓からは、若草山・春日山・御蓋山が見えました。

 

説明してくださった内容を紹介しますと、志賀直哉さんの旧邸はもともと春日大社に勤める神職の方の「社宅」のようなものだったそうです。それをだんだん使わなくなったところを、志賀直哉さんが買い取って実際に建築デザインに自身が携わって作ったようです。

 

2階を見終わったら、階段をおりて茶の間に向かいました。

 

2階の間取りは右上画像のようになっていました。↗️

 

順路② 1階の茶の間と書斎

 

1階の受付横の廊下を通って茶の間にいきます。

廊下から茶の間を望む

 

志賀直哉の茶の間は、書斎の横にあります。この部屋は、志賀直哉の友達などが来たとき、気楽に寝転んだり話したりできる場所が欲しいと志賀自身が大工に頼んで作らせたそうです。

 

実際にそのような使い道にはならなかったそうですが、ここで家内と娘三人と、興福寺の坊さんを師匠に茶の稽古をしたようです。

 

茶の間はかなりシンプルかつ洗練されており「和」の美があった

 

 

 

茶の間の裏には、書斎がありました。この書斎については、志賀直哉随筆集「私の書斎」にて紹介されています。

若い頃は書斎は北向きが好きだった。明る過ぎると、気が散るので、机の上だけ明るく、ほかは薄暗いというような窓の小さい部屋が好きで、我孫子でも奈良でもそういう書斎を作ったが、年のせいで、今はさむざむした書斎は厭になった。

引用:志賀直哉随筆集「私の書斎」より

 

この随筆に書かれている通り、北向きで窓からは素晴らしく自然の綺麗な庭が見えました。こんな庭管理するの大変だと思いますが、一体どうしていたんでしょう?

また、部屋は全体的に薄暗く、志賀直哉の望み通りの部屋だったのではないでしょうか。

この部屋で、「暗夜行路」を執筆したのでしょうか?

 

 

茶の間からも素晴らしい中庭が

 

順路③ 1階高畑サロン(広間)・風呂・洗面所・食堂など

 

再び受付の前を通って入り口付近に戻り、別の廊下を通って次は高畑サロン(広間)を目指します。

 

広間までの途中に、洗面所や立派な風呂場などがありました。

 

ウェルカムルーム的部屋

 

このようなウェルカムルーム的なやつもありました。志賀直哉随筆集説明の動画などたくさんの資料がありました。

 

 

 

 

廊下

 

親切

 

親切にスリッパまで置いてあり、顧客ファーストな施設でした。ちょうど足の裏が冷たかった頃です。畳の上は脱いでください、とのことでした。

 

各所にこのような案内板が

 

この浴室は、のちに復元したもので、志賀直哉の自宅にはシャワーと五右衛門風呂があったようです。

 

廊下から見える中庭の景色は一級品でした!!本当に素晴らしい。

直哉は窓からの景色を重視していたのだろうか

 

中庭は庭園のようだ

 

食堂は広々としていて、ソファもあり、この一室は洋風の趣が混ざっているように感じました。志賀直哉の旧居は、和の基本要素に洋風が所々混ざっていて、それが見事に調和している印象です。

 

 

食堂の向こうには、「高畑サロン」と呼ばれる広間があります。

志賀直哉の旧居は、小林秀雄や小林多喜二など文豪たちの集まりの場にもなっていたようで、その集まる広間を「高畑サロン」と呼んでいたのです。

高畑サロン

 

訪問者の写真

 

 

志賀直哉の旧邸は、この先大きな庭があり、裏の通路から表の庭へ通じていて、そこが出口でした。

 

裏の通路から前の庭へ

 

素晴らしい庭園

 

 

また、庭から見た旧邸の様子も趣深いものでした。

上の写真は、書斎の窓です。




志賀直哉は奈良が大好きだった

 

志賀直哉は、地震の随筆の中に「奈良」という題名を付した一節を綴っていて、その中で奈良を「土地として魅力のあるところだ」と言っています。

 

妻子五人ゐる自分の家にゐながら、二三日すると、矢も盾も堪(たま)らず、奈良に帰りたくなるのは不思議な所だ。

引用:志賀直哉随筆集「奈良」より

 

東京のかへり、米原を越し、田圃の彼方(むこう)に琵琶湖が見えだすと、私はいつも、ああ帰つて来た、と思ふ。(中略)かういふ気持はこれから何年か続きさうな気がしてゐる。それ程、土地として何か魅力を持つてゐる。

引用:志賀直哉随筆集「奈良」より

 

これは、奈良に住んでいると本当によくわかります。奈良県民はなんだかんだで奈良が好きなのです。

 

奈良は田舎で、新幹線も地下鉄も海も空港も動物園も水族館もヨドバシカメラもありませんが、住むには本当にいいところなのです。

 

 

適度な田舎感を保ちつつ、京阪神などの都会にも近い。

 

 

「大阪の食い倒れ、京都の着倒れ、奈良の住み倒れ」という言葉がありますが、本当によく言ったもので奈良に住んでいるとその土地の魅力に取り憑かれてしまうような感じがあるのです。。

 

志賀直哉もそれをひしひしと感じていて、それゆえ随筆の中に「奈良」という一節をいれたのでしょう。

 

また、有名な「奈良にうまいものなし」の元となった文章もこの随筆から来ています。これは、決して奈良を卑下したものではなく、以下の文章を読んでいただくとそれはわかると思います。

食ひものはうまい物のない所だ。私が移つて来た五六年前は牛肉だけは大変いいのがあると思つたが、近年段々悪くなり、最近、又少しよくなった。此所では菓子が比較的ましなのではないかと思ふ。蕨粉(わらびこ)といふものがあり、実は馬鈴薯の粉に多少の蕨粉を入れたものだと云ふ事だが、送つてやると、大概喜ばれる。豆腐、雁擬(がんもどき)の評判もいい。私の住んでゐる近くに小さな豆腐屋があり、其所(そこ)の年寄の作る豆腐が東京、大阪の豆腐好きの友達に大変評判がいい。私は豆腐を余り好かぬので分からないが、豆腐好きは、よくそれを云ふ。

引用:志賀直哉随筆集「奈良」より

 

 

今回はここまでとします!読んでくださってありがとうございました!!

皆さんもぜひ高畑町の静かな雰囲気を感じてみてください(*´∨`* )ノ