日本でここしかない現存遊郭!宝山寺の参詣道「生駒新地」を歩いたら言葉を失うレベルだった

 

こんにちは!

 

この記事が初記事となります!🎉㊗️

記念すべき初記事では、奈良県生駒市にある「宝山寺」を訪れてみました。

 

 

宝山寺は真言律宗のお寺で、空海を高祖としている宗教です。

 

宝山寺のご利益としては、「縁結び」

 

宝山寺はかなり標高が高いところにあって、眼下に広がる生駒の街並みや、美しい古風な参詣道が有名です。

参詣道から見えるのは、こんな景色!!!すごい

 

また、この宝山寺の参詣道には、「生駒新地」と言われる旧遊郭街があります。

そのため、旧遊郭エリアはかなり異質で異世界的な雰囲気がします。

 

この生駒新地の旧遊郭は、今でも営業している館もあるとかいう噂も。。。

生駒新地は、旧赤線地帯の当時の装いを残す唯一の遊郭とも言われています。

 

今回は、それも実際に見て来ましたので、レポート解説していきます!!




宝山寺の参詣道「生駒新地」を歩いた

今回通ったルートは、以下のような感じです。

今回のルートマップはこんな感じです

 

生駒駅から約1.5kmほど歩き(常に上り坂)、宝山寺を目指します。道がわからなかったのでちょっと遠回りしてしまいました。

 

生駒ケーブルと並走する形のルートをとりました。生駒ケーブルに乗ってもよかったのですが、やはり、歩かなければ面白くないのです!! まあ、生駒ケーブルもおもしろいと思いますが

 

それでは、参詣道を歩いていきます!

 

宝山寺参詣道をひたすら登る

 

生駒駅から厳しい上り坂を歩いてやっと宝山寺参詣道の始点に到達した時、突然レトロで風流な階段が現れましたので、かなり感動でした。

参詣道の入り口に到達!

 

 

ここをスタートとして、どんどん階段を登っていきます。

 

どんどんのぼる

 

この参詣道を通っている私は、ふと「参詣道って右側通行とか左側通行とか決まってるっけ?」と焦りました。

 

ちなみに、参詣道に右側左側のルールはありませんが、真ん中は神様の通り道なので、端っこを通るのがマナーらしいです。

 

今でこそ私たちはルールがないと通る方法などてんでんに決めますが、何も言われなくても自分たちで端っこを通っていた昔の人は慎み深い心を持っていたのですね。

 

ちなみに、伊勢神宮では内宮が右側通行、外宮は左側通行と決まっています。これははっきりと理由が描かれた書物はないのですが、御手洗場の配置が関係しているのではと言われています。

 

伊勢神宮内宮の鳥居には、「右側通行」と書いてある

 

階段を登る途中にはこんな平坦な坂もありました。
意外と平坦な坂より階段の方が楽でした。。

 

旧遊郭街ゾーン、「生駒新地」に到達

 

しばらく歩いて参詣道の真ん中くらいに到達したあたりで、旧遊郭街「生駒新地」に到達しました。

 

生駒新地には、このような「観光生駒」と赤い文字でデカデカと書いた看板が立っています。

 

旧遊郭街の入り口、「生駒新地」のゲート

 

どこかレトロな昔風の寂しさを感じます。

 

この門をくぐったあたりから、ガラリと空気が変わります。

 

なんだかひっそりとたたずむ旅館やホテル街…。これは、普通のホテルなのでしょうか?流石に中に入って確かめるわけにもいきません。私は、たばことピアスと風俗はしないときめているのです。

 

寂れた旅館

 

寂れた建物

 

写真では伝わらないかもしれませんが、本当に寂れた静かな感じの建物で、迫力ある静かさを放っています。その静けさが、あたりに異様な雰囲気を漂わせています。

 

ここに夜1人で来いと言われたら、きっと無理でしょう。

 

しかし、なんで参詣道に遊郭街が存在したのでしょう?

 

寺社仏閣の周辺には、遊郭が多かった理由

 

寺社仏閣の周りに旧遊郭街が存在するのには、「精進落とし」というものが関わってきます。

 

「精進落とし」とは、「四十九日の忌明けの食事」のことを本来は意味します。

 

四十九日の意味とは、亡くなった方の遺族は49日間、肉・魚などを含まない「精進料理」を食べて故人が浄土へ行けることを願う、いわゆる喪中の期間です。また、この期間は神社や寺などへの参拝が禁止されます。

 

その49日の精進期間が終わると、参拝や肉や魚を食べることが許されます。これを「精進落とし」と言います。

 

ですが、実際は参拝が終わった後に遊郭旅館などでご馳走を食べることを「精進落とし」と呼ぶようになりました。参拝後しか遊郭には入れず、遊女は参拝後の客しか相手にしなかったと言います。

 

その影響で、寺社仏閣の周りには遊郭街が多いのです。

 

伊勢神宮にも、「古市遊郭」という遊郭がありましたし、奈良県大和郡山市にもありました。

 

生駒新地を進んで宝山寺へ

 

生駒新地を進んで宝山寺に向かいます。すると、大きな鳥居が見えてきます。

宝山寺の鳥居!これはすごい

 

これより先は、撮影禁止なので残念ながら写真を載せることはできませんでした。

神社の写真を撮るのはよくないとも言いますし。

 

宝山寺の詳しい情報はこちらをご覧ください!
寶山寺公式サイト

 

階段を下って帰る

 

宝山寺の参拝が終わったら、階段を下って帰ります。

 

この、帰りの景色が大変素晴らしかったです!!

 

眼下に広がる生駒の街並み

 

なんと若草山まで見えました!

なんと若草山が見えた

 

若草山部分を少し拡大してみると…

 

「三笠」山、「若草」山と呼ばれる所以がよくわかる

 

階段の途中には、休憩できる公園もありました。その公園からの景色もまた素晴らしかったです。

 

門前街道公園




ギャラリー

 

 

最後まで読んでくださってありがとうございました!

 

3 件のコメント

  • はじめまして、ちょくちょく読んでます。

    一つだけ間違いが、
    参道の真ん中が神様の通り道というのは神社の場合であって、お寺である宝山寺の参道には当てはまりません。

    • こんにちは。貴重なご指摘ありがとうございます!

      宝山寺には鳥居がございますので、神社と同じように捉えてしまっておりました。

      記事を修正いたしました。今後とも当サイトをよろしくお願いします(*´∨`* )ノ

      ※調べてみると、寺である宝山寺に鳥居や狛犬があることには深い訳がありましたので、以下に記述いたします。(すでにご存じでしたらすみません)

      宝山寺は1678年、江戸時代に建てられた際にはもともと「神仏習合」の考え方で創建されました。本尊は仏道の信仰対象である不動明王ですが、鎮守神として大歓喜天をお祀りしています。「神仏習合」の考え方は、平安時代に神道の神は仏教の仏の化身だとする本地垂迹説に基づいていて、明治新政府が神仏分離令を出すまではお寺と神社が一緒に建てられることは多かったと言います。江戸時代には、宝山寺にある聖天堂拝殿で大阪の商人が聖天を商売の神様として信仰したそうです。

  • 「たばことピアスと風俗は…」良い言葉ですね‥私も今からでも見習わなければ…

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